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「清い罪を犯したかどで」(アンティゴネ)
旧ブログ 2012年6月 7日 (木)

クレオン: 自分の祖国に替えて,身内をそれより大切にするのも,まったく取るに足りない人間だ.(『アンティゴネ』, p.232)

アンティゴネ: 書き記されてはいなくても揺るぎない神さま方がお定《き》めの掟を,人間の身で破りすてができようなどと [ は思えない ] .(同, p.236)

 ギリシア神話のオイデプス王(エディプス王)の話はよく知られているとおもいますが,その続きにアンチィゴネとクレオンの話があります.ソポクレスの悲劇『アンティゴネ』によると:

 テーバイ王オイデプス王が,その娘アンティゴネに付き添われてテーバイを去った後,二人の息子のうちの一人が王位を継ぎ,もう一人は騙されて他国に逃れ,兵を集めて王位奪回に攻め寄せる.この攻防戦で二人は戦死し,遠縁にあたるクレオンが王位について,戦後処理に当たった.その間に,オイデプス王の最後を看取ったアンティゴネも戻ってきて,ここに,アンティゴネの悲劇の幕が開く(つまり,オイデプス王の二人の息子は,すでに死んでいて,劇中には実際には登場しません).
 クレオンは,テーバイを守って戦死した人々を丁寧に葬るとともに,攻め手の屍は埋葬を禁じ,荒野にさらして鳥の餌食にするように命じる.しかし,アンティゴネは,肉親を葬ることは人としての義務であると,王の命令を無視し,荒野にさらされた兄の屍を葬った(実際には,遺体の上に砂を三度まいて水を注ぐという儀式を一人で行い,象徴的に埋葬を行った).クレオンは,王の命令を無視して敵を葬ったアンティゴネを生きながらに墳墓に閉じ込ることを命じ,事実上の死刑に処する.
 ここに,クレオンの息子がいて,アンティゴネと婚約していた.彼は,アンティゴネを解放するよう父に訴えるが斥けられ,アンティゴネの墓で自殺する.そして,それを知った母,つまりクレオンの妃も自殺し,クレオンが一人取り残されてこの悲劇は幕を閉じる.

 この悲劇にはさまざまな問題・論点がありますが,中心は,日本風に言えば,義理と人情の対立でしょう.
 クレオンが代表するのは義理,つまり社会的正義,社会全体の利益で,具体的には法律の形をとります.クレオンは,祖国テーバイを守って戦死した人々と侵略者とをはっきりと分け,そこに肉親の情をいっさい交えません.その冷酷といえるほどの厳しさの裏には,オイデプス王以来続く社会的混乱があるように思えます.王としては,社会的秩序・規範の回復が急務なのでした.
 一方,アンティゴネが代表するのは,人情,つまり,人として自然な感情,人間の本性に根ざした法です.
 この二つが一致する場合はいいのですが,矛盾する場合もしばしばあります.そのようなとき,どちらを優先するのか.現代の我々は,敵として戦った相手でも,遺体は敬意をもって葬るのは当然のように思います.まして肉親ならば.では,彼がまだ死んでいなくて瀕死の状況で逃げ込んできたら,どうすべきでしょうか.訴え出て当局に引き渡すか,かくまって看病するか.あるいは,元気な状態で逃げ込んできたら.さらに,かくまわれていることをいいことに,テロ行為に及んだら・・・.どこかで線引きをせねばなりません.でも,その線引きを私がしていいのでしょうか.各自が自分の判断で線引きをしていいのなら,法はいらないのではないでしょうか.さらに,“肉親だからかばう”というのは,単に自分可愛さの延長ではないでしょうか.“人としての自然な感情に従う”といえば聞こえはいいのですが,単に個人的な欲望に従っているに過ぎないのかもしれません.

 少し前にちょっと触れた,プラトンの『エウテュプロン』も同じような問題をあつかっています.この対話篇に登場するエウチュプロンは,自分の父親を殺人罪で訴えようとしています.肉親の情に惑わされず,法律の命ずるままに父親を訴えることこそ,敬虔な行為,神々の目から見て正しい行為だとエウチュプロンは確信しているのですが,ソクラテスとの対話で,その確信がなんだか怪しくなってくるというのがこの対話篇の概要です.罪を犯した肉親を訴えるのとかばうのと,どちらが人間として正しいのでしょうか?

 こんなことをいうと笑われそうな気もしますが,指名手配犯が,「寺」に保護を求めて来たら,住職としてどう対応すべきだろうかなどと,ときどき,チラッとですが,本気で考え込むことがあります.

【補足】
 『アンティゴネ』(呉茂一 訳)の引用は,『ギリシア悲劇 I:アイスキュロス ソポクレス』(筑摩書房,1974)より.表題の「清い罪を犯した」とは,国法を犯して兄を葬ったこと.同書229頁にあるアンティゴネの科白から.
 ついでですが,これを最初に読んだのは高校生の頃でした.ギリシア国立劇場付属劇団(?)が来日し,『オイデプス王』の日本公演がNHKで放送されたときです.この本もそれに合わせて出版されたもので,I, II 2巻セットを,当時の私にとっては大枚3,900円を払って近くの書店で取り寄せました.しばらくは,それこそ,撫で摩るように大切にしていた本です(^^;).
 現在,帰宅中です.来週,また出かけます.

コメント

しばらく覗くのを休んでいたら書き込みが沢山ありました。
この記事にコメントはできません。カタカナの名前が沢山でてくると
人物が混乱して訳がわからなくなるからです。
すでにコンクリートの建物に移られたことと思います。私も公職を拝命して生活が一変して。ひと夏過ぎなければ慣れそうにありません。
これからは、ブログをこまめに覗くようにいたします。お大事に(お互いに)

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