以前にもちょっと触れたと思いますが,石見の生んだ妙好人の一人,有福の善太郎さんにこんな話があります.
真夏の暑いある日,一日中,山仕事をして疲れ果て,汗だくで家に帰ってみると,その日にかぎって奥さんのトヨさんがいない.行水の湯も沸いておらず,夕食のしたくもできていない.疲れと暑さも手伝って不機嫌になっているところへ,トヨさんが帰ってきた.
「どこに行っとった.湯は沸かしとるんか」,「今から沸かしますよ」で始まった口喧嘩が次第に激しくなり,ついに善太郎さんは,手元にあった割木を取って振り上げ,トヨさんを打ちすえようと追いかけ始めた.そして,まさに,割木を打ち下ろそうとしたとき,善太郎さんは,如来の呼びかけを聞いた.
善太郎さんは泥足のまま仏壇の前に行き,割木を供えて,
「ああ,善太がでました.善太の地性がでました.ナンマンダブ,ナンマンダブ」
と泣きながらお念仏を称えた.
「地性《じしょう》」とは,「地」,「本性」という意味でしょう.
善太郎さんに関わるたくさんの逸話のなかでも,もっとも印象的な話の一つです。前回の梯和上の言葉を借りれば,お念仏によって「煩悩に仕えるような生き方をしていることの過《あやま》ちをしらされ」た姿を劇的に表わしていると思いますが,いかがでしょうか.
【補足】
善太郎さんの話:菅 真義『妙好人 有福の善太郎』(光現寺内栄安講 発行,百華苑 発売, 増補5版, 1994), pp.35 -- 37 から抜粋・要約しました.
また,この話は,ハーベスト出版 編集『親子で読んでほしい 妙好人 有福の善太郎』(松江市:ハーベスト出版, 2011), pp.29--31 にも紹介されています.
梯和上の言葉: 梯實圓『親鸞聖人の教え・問答集』(大法輪閣, 2010), p.230.