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「不完全な慈悲の心を大きな慈悲で包んでくださる阿弥陀様」
旧ブログ 2010年12月 5日 (日)

ぼくたちの行う慈悲は思い上がりってことか・・・さびしい気もするなあ・・・
そうじゃなくて,私たちの不完全な「慈悲の心」を「大きな慈悲」で包んでくださる阿弥陀さまがいてくださるってことじゃない?」
(岡橋,広中)

 どこで読んだのかまったく覚えていなくて,細かいところもあやふやなのですが,おおよそこんな話を聞いたことがあります.

 あるフランスの作家が,“純粋な善意から出発して,完全な圧制に至る”,あるいは,“完璧なユートピアの構想から,完璧な監獄が出現する”というようなことを言ったそうです.理想国家を建設しようとしてひどい圧制に陥るという例は,プラトンの『国家』からクメール・ルージュまで,純粋な構想か歴史上の事実かを問わず枚挙に暇がありません(そうそう,フランス革命後,「理性の崇拝」を行った共和国も相当なものですね.このフランス人は,自国の“輝かしい理性の革命”の負の側面を苦々しく思い出しているのかもしれません).また,近代のユートピアの設計図はしばしば近代的な監獄に似ることを図版入りで論じた本を読んだ記憶があります.これらは,前回ご紹介した,「地獄への道は善意で敷き詰められている」の痛ましい実例でしょう.
 ところが,それを聞いたイギリスの首相が,いらだたしそうにこう答えたそうです.“君たちが,そういった議論をして座り込んでいる間に,わが国は福祉政策を実施して多くの人々を少しだけ幸福にすることができた.もちろん,理想国家にはほど遠いかもしれぬ.しかし,君たちの高邁で深遠な本質論によって,ほんの少しでも幸福になった人が一人でもいるか?” と.

 よく言われるフランスとイギリスの違いを鮮やかに表わした逸話ですね.あんまり鮮や過ぎて作り話かと疑ってしまうほどですが,でも,作り話かどうかは,この際,どうでもよいことです.

 「地獄への道は善意で敷き詰められている」という言葉を真正面から受け止めると,なにもできなくなってしまいます.“偽の慈悲を実践しても仕方ない”と座り込んでしまう.でも,それは本当に,阿弥陀様を仰いで生きる道でしょうか.

まことの愛とは,相手の「いのち」のかけがえのない尊厳さにめざめ,相手をほんとうに大切なものと思う心から出てくるいつくしみの心です.・・・[中略]・・・お互いが,一つの大きな「いのち」のなかで連帯し,一人ひとりがかけがえのない大切な存在であることをはっきりと確認したところから,「もろもろの衆生において視そなはすこと,自己のごとし」(『大経』=『注釈版聖典』7頁)というような深い対人関係が成立します.仏教では,それを慈悲という言葉であらわしてきました.
(梯, pp.162--163)

 「一人ひとりがかけがえのない大切な存在である」ことから外れていないか,常に確認していれば,大儀を振りかざしての大量虐殺も起こりにくいと思います.何が善か,本当のところは分かりません.でも,それで尻込みするのではなく,阿弥陀さまの大きな慈悲に包まれていることに励まされて,善と思えることをできる範囲で実際に行うこと.不完全を承知で,阿弥陀さまの慈悲を真似ようとすること.それが,仏を理想の人間として仰ぎ敬いながら生きるということではないでしょうか.

【補足】
 岡橋,広中:岡橋徹栄 作,広中建次 画『漫画 歎異抄』本願寺出版, 2003.今,本が手元にないので,引用した頁が分かりませんが,第4条の話の最後のところだったと思います.
 このお二人(昔風に言うとコンビ,今風に言うとユニットか^-^;)は,『大乗』(西本願寺の月刊誌)にずっと連載を続けておられますね.少し前までは恵信尼さまの話,今は『乗助の門徒日記』です.『マンガ 仏事入門:おしえて法事・葬式・お仏壇』というのもあって,これは,いろいろと使わせていただきました.『お寺に行こう!』という小冊子もあって,これは『マンガ 仏事入門』のそのまた入門というか,子供向けの本(かな?).どれも,なんとなくのんびりした雰囲気が好きで,愛読しています.
 『漫画 歎異抄』が手元にないのは,子供が下宿に持って行ってしまったせいです.“大学生になったのだから,マンガじゃなくて『聖典セミナー 歎異抄』くらい読め”と言いたいところですが,でも,まぁこのマンガならならいいか,と.
 梯:梯實圓『聖典セミナー 歎異抄』本願寺出版, 1994.

 フランスの作家とイギリスの首相の話:かなり記憶が曖昧なので,それぞれの発言の内容は違っているかもしれません.また,フランスの作家(哲学者?)とイギリスの首相はどちらも具体的な名前が挙がっていたような気がしますが,まったく覚えていません(戦後の話だったような気がします).でも,話の趣旨はこの通りです(多分).書いているうちに池澤夏樹氏(私の好きな詩人/作家/エッセイスト)のエッセイではなかったかという気がしてきましたが,違うかも知れません.

 プラトンは私の好きな哲学者です.また,彼があのような国家論を展開するに至った理由も痛いほど分かるような気がするので上のような例に引くのは実は非常に心苦しいというか残念なのですが,でも,一番有名な例だと思いますから,しかたない(泣).

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