窃《ひそ》かに思うに,正しい仏教は深遠広大であって,その数は八億に満ちるのだが,翻訳で得られたものはたったの千巻余りである.いずれの場合にも険阻な砂漠を踏み越え,危険このうえもない土地を跋渉し,あるいはのろしの煙を望んで険所を渡り,あるいはスティックにすがって前進し,落ちあったうえで確認してみると,無事に残っているのはいつも十人のうちの八人か九人だけ.・・・一つの経典がここ中国に到達するのはあらたに寿命を賜わるほどの命がけの事業だと知るべきなのである.
(『高僧伝』)
中国のお坊さんの話を読んでいると,ときどき,『高僧伝』という書物が出てきます.中国のたくさんの僧侶の伝記集で,おもしろそうだな,とは思っていたのですが,岩波文庫で刊行中なのを最近まで見落としていました(全4巻のうち3巻まで既刊).上の引用の通り,漢文の読み下しではなくて,完全な日本語訳です.漢文の訓読は,わかったようで,実はわかっていなかったということが良くある私としては,日本語訳はありがたい.
あちこち,拾い読みをしていて,「曇」の付くお坊さんの名前はけっこう多いんだ,なんてドーデモイイことに感心したりしていたら,上の文に出会いました.
先に,「私に代わって,火の中,水の中を潜り抜けてみ教えを届けてくださった方がいらっしゃる」という和上様の言葉を紹介いたしました(2010年3月25日付け).お届けくださったのは阿弥陀様と聞かせていただきましたが,インド・中国から日本へと経典をもたらしてくださった先人の方々のことでもありましょう.
中国からインドへ向かう道の途中,炎天の砂漠地帯には,途中で倒れた人々の白骨が点々と連なり,後の人は,それを道しるべにインドへ向かったという話を聞いたことがあります.また,映画『天平の甍』には,中国から日本に帰る船が嵐で沈み,たくさんのお経が海の中を漂う場面がありました.
現在では,インターネット上に『浄土真宗聖典 注釈版』をはじめとするたくさんのお経が公開されています.電子手帳に入れて持ち運び,読みやすい訓読文や現代語訳あるいはご法話を,いつでも気軽に読んだり検索したりできます.ありがたい時代になったものです.
【補足】
『高僧伝』:慧皎(吉川 忠夫, 船山 徹 訳)『高僧伝』(岩波文庫), 一, pp.361--362.
『浄土真宗 注釈版』の電子ファイルは,本願寺 教学伝道研究所センター .
また,WikiArc,聖教電子化研究会(『真宗聖教全書』,大谷派版真宗聖典) などにも聖典のテキストや関連サイトへのリンクなどがあります.
『大正新脩大藏經』までネット上で読めます.大藏經テキストデータベース研究会(SAT)のサイト .ただ,検索だけでテキスト全文のダウンロードができなくなった(?)のは残念.漢文を画面上で眺めてもよくわからないのです (^_^;).