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「我が肖像描いてごせてて」:ヴィデオ記録から(1)
旧ブログ 2014年7月 2日 (水)

 才市さんを直接知る人が才市さんについて語った記録が本になっているということは以前にもご紹介したと思いますが,これとは別に,才市顕彰会作成『浅原才市』というヴィデオの中で,才市さんの思い出などを地元の方3人が話しておられます.この度,その部分を文字に起こす機会がありましたので,ここでも,ご紹介します.

 まずは,角の生えた肖像を描いた画家,若林春暁と親しかった堀江浩氏の話.あの肖像が描かれた経緯を春暁氏から聞かれたそうです.
では,最初に,共通語訳(?)を.[ ]は,筆記者(junk)の補足です.

私[堀江]は[若林春暁と]友達で,ホントにいろいろ話をして,なにもかも話をして・・・.
それから[こんな話もした].才市さんが,何と,
「自分の肖像を描いてくれ」と言って[来たので],描いてあげたら,
えらく大変なことを[才市さんから]言って来たそうです,[春暁さんがそう]言われた.
どういうことかと[私=堀江が]言ったら[/「どういうことかというと」]
「角を生せ」と[才市さんが]言うので,
そこで,
「私[春暁]は,角の生えた人間をみたことはないから,描けない」と言ったら,
[才市さんが]「どうしても描いてくれ」と言って.
そこで,
「[角を]描いたが,[これで]どんなもんだろうか」
と[春暁さんが才市さんに]おっしゃったことを知っています・・・

ヴィデオの音声をできるだけ忠実に文字に起こしたものは次の通りです.

・・・私とは友達で,ほんに話しして,なんもかんも話しし・・・.
そいから,ええ,才市さんが,何と,あのう,
わが肖像かいてごせてて,かいてやったら,
がいにえらいこといって来たげないわれて,
なしてなゆうて,
角生やかせゆうて,
そいから,
わぁ,角生えた人間見たことがないけぇ,ようかかんてったら
どがでもかいてくれゆうて.
そいから,
かいたがどがなかいな,
ててからいわれたこと,しっちょおです・・・

 5行目の「なしてなゆうて」は,「どうしてですかと言って」という意味です.堀江さんが,春暁さんに「どういうことか,と尋ねたら」と理解しました.しかし,「なしてかゆうと」,つまり,春暁さん自身が「どういうことかというと」と前置きした言葉とも取れますので[ ]内にそれを書いておきました.

 堀江浩氏(この辺では「堀江先生」)は小浜の才市さん(の借家)や若林春暁氏の近くにお住いでしたが,もともとは出雲のご出身です.上のお話にも出雲弁が強く残っていて,石見人の私にはちょっと聞き取りにくい.安来出身の坊守に助けてもらいました.

【補足】
 才市さんを知る人の回想は,『妙好人・才市さんの世界』 (本願寺出版部, 1981年)の,「才市さんの言行録」(pp.195--230, 藤谷法叡.いろいろな人からの聞書)と「座談会『才市さんを偲ぶ』」(pp.231--255, 文・石橋泰範)に収められています.

 この肖像がが描かれた経緯については,才市さんの人徳を感じた画家が密かに描いたものだという説(高木説)もあります.この説も,画家,春暁さんの視点から述べられていますが,どのような資料によったのか不明です.この二つを比べたとき,上の堀江証言の方が信頼性に勝ると推定するのが妥当だろうと思います.
 さらに,才市さん側からの証言が寺本慧達師によって記録されていて,これも,堀江証言と一致し,高木説と矛盾します.
 以上のことから,少なくとも現時点では寺本=堀江説(才市さんから頼んだ)が妥当でしょう.高木氏は,才市さんの肖像が描かれる過程を非常に印象的な筆で詳細に描いておられますが,あの描写は,作家的空想の羽を自由に広げた成果と受け取っておくのが安全だろうと思っています.
 ただし,鈴木大拙師が1952年に書かれた「妙好人,浅原才市を読み解く」(酒井訳, 『松ヶ岡研究年報』, 27号, 2013, pp.1--42)に「才市に肖像画を描かせてほしいと何度も所望して断られた画家」という一節があります(p.11).この出典は明記されていませんが,高木説を支持する別の資料をご覧になって記された可能性もあります.高木説を退ける際の留意点として記しておきます.
 高木説,寺本記録についてはこちらをごらんください.


 角を書くように言ったのが才市さんであるという点では,高木説・堀江証言・寺本記録すべてが一致しています.ここが一番肝心な点なので,あとは,まぁ,どうでもいいと言えなくもないのですが,推理小説と歴史が好きな理系人間は,手がかり(史料/データ)からどんな推論が可能か,また,手がかり(史料/データ)の信頼性をどう評価するかなどといったことが気になります.

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