わしのこころの つみいわぬ
わしのこころの つみ しらせてくださる
わしがおやさま なむあみだぶつ
(『ご恩うれしや』, p.184)
『蜘蛛の糸』は,芥川龍之介の作品のなかでもよく知られたものでしょう(一番有名かな?).
地獄で苦しむ大悪人カンダタの姿を見たお釈迦様は,彼が蜘蛛を助けたことがあることを思い出して,救いの蜘蛛の糸を垂らす.その糸につかまって地獄から這い上がろうとしたカンダタは,自分の後ろで,無数の人々がこの糸にすがり付いていることに気づき,糸が切れるのを恐れて,この糸から離れろと叫ぶ.そのとたん,糸が切れて地獄に逆戻りした・・・.
先日,この作品の感想文をインターネット上でいくつか読む機会があったのですが,“糸が切れたのはお釈迦様が切ったから”と理解しているものがいくつもありました.つまり,カンダタはお釈迦様によって罰せられたということですね.
この作品の解釈としてどうかということは置いといて,仏教の立場から言えば,少なくとも阿弥陀様が罰を与えるということはありません.「わしの心の罪言わぬ」.つまり,私の罪を言い立てて責めたりはせず,「そのまま救う」とおっしゃっるのが阿弥陀様です.しかし,だからといって善悪なんてどうでもよいわけではありません.阿弥陀様は,人のあるべき姿を示すと同時に,それとは正反対の私たちの姿をはっきりと見せる,つまり「罪を知らせてくださる」存在でもあります.
でも,蜘蛛の糸はお釈迦様が切ったのだと受け取る人には,“罪を言わない,だけども知らせる”というのはわかりにくいかもしれないなぁと思いました.
【補足】
この口あいの全体は次の通りです.
わしのこころの つみいわぬ
わしのこころの つみ しらせてくださる
わしがおやさま なむあみだぶつ
わしのつみ
いまは六字の 火がついて
わしのこころも いまはほやほや
ぽんや ぽんや ぽんや
わしも六字も なむあみだぶつ
(『ご恩うれしや』, p.184)
口あいの後半について触れませんでしたが,単に「知らせる」だけではないのですね.
「蜘蛛の糸」は青空文庫に収録されています.今回読み直して,「その心相当な罰をうけて」という句があるのに気づきました.“お釈迦様が罰として糸を切った”というのは,この句あたりから出てきた発想かもしれません.そうじゃなくて自業自得なんだよ,と言いそうになって,いや待て「自業自得」という言葉も,“悪いことをすれば,誰かに罰せられる”という意味に取られかねないなぁと思いました.
お浄土極楽ならお釈迦様ではなくて阿弥陀様だろうと言いたいところですが,ひょっとして作者はわざとこうしたのではないだろうかと疑っています.というのも,作者が意図していたのは,仏教童話のような顔をした小説を書くことであり,仏教の内容を扱う小説を書くことではなかったような気がするからです.つまり,童話風に見せることが最優先される.その結果,童話風の雰囲気を出すには「阿弥陀様」より「お釈迦様」の方がいいという判断があったのではないでしょうか.さらに,お浄土のお釈迦様というミスマッチ(?)を敢て犯すことにより,“これは,仏教童話ではないよ,仏教から離れて自由に読んでね”というメッセージを送ることもできる・・・.この小説については膨大な論考があることでしょう.そんな論考を一切知らない者の妄想です.が,それにしても,よく考えて作られた小説ですね.詩歌文芸を解さない素人の目にもそのことがよくわかる・・・.そんなことから上のような妄想が浮かんできました.
この小説の感想文を眺めていてもう一つ気になったのは,お釈迦様は甘すぎるのではないかという感想がたくさんあったことです.カンダカは蜘蛛を踏み殺そうとしたのを思いとどまっただけなのに,それが救いの糸を垂らしてもらうに足る善い事なのかという疑問をあちこちのサイトで見ました.あるサイトでは,子供に読ませるときには,せめて,“子供が蜘蛛を殺そうとしていたのを助けた”と改変すべきであると主張されています.でも,“自分が殺そうとしたのをやめたのはダメだけど,子供が殺そうとしたのを助けたのならok”というのも,相当問題なような気もするのですが・・・.
ちょっと視点が外れるかもしれませんが、よく「おてんとさんがみているぞ」とか「仏さんがみてござる」という言葉を使って悪いことをしないように諭すことがありますが、ある寺のやっている保育園で園長さんがそのような内容のことを講演会(法話)の講師にはなしたところ、その講師は「阿弥陀さんをスパイや密告者にしてはいけません!!」ときっぱり言われたという話を聞きました。私も仏さんを抑止力のように思っていましたが、よく考えてみれば、こんな私でも漏らさず救いとってくれる方ですので、決してスパイではありませんね。
仏法をよく聞いているような気になっているものほど、ひどい勘違いをしているものです。
夕べ(22日未明),寝ぼけた頭で記事をupしたところ,公開の時には短く縮めようと思っていた箇所をそのまま原稿ファイルからコピー&ペーストしてしまいました.ご丁寧にも,心覚えに控えていた,あるサイトへのリンクまでつけて.というわけで,該当箇所を削除・訂正しました.【補足】の最後の段落です(2011.10.22 20:30)