ある薄暗い穴倉に閉じ込められた十歳くらいの子供.最初は出して欲しくて泣き叫んでいたが,いまはもう,ほとんど口もきかず,不潔な床の上にうずくまり,おびえている. オメラスの人々は皆,この子供の存在を知っている.この子供の犠牲の上にオメラスのすべてがかかっていることを.このことは,子どもたちが八歳から十二歳のあいだ,理解でそうになったときを見はからっておとなの口から説明される.
これを知った時,誰もが衝撃を受け,悩む. この子を明るい日の元に連れ出したい, 汚物で汚れたその身体を洗い清め,おなかいっぱい食べさせ,慰めてやりたい.だが,そのために,何千何万の人びとの幸福を投げ捨ててよいのか.
このパラドクスに直面したとき,子どもたちは泣きじゃくりながら家に帰ることが多い.彼らは何週間も,ときには何年も,そのことを思い悩む. しかし, 時がたつにつれて彼らは気づき始める. たとえあの子が解放さたとしても,たいして自由を謳歌できるわけではないことに. あの子の精神は,すでにあまりに傷つけられている.あまりに痴呆化していてもはや本当の喜びを知ることもないだろう.あまりにも長くおびえ苦しんだために,もはや恐怖から逃れることもできないだろう.これに気づき,それを受け入れ始めたとき, 彼らの涙は乾いてゆく.
しかし,時によると,穴倉の子どもを見に行った少年少女のうちのだれかがまったく家に帰ってこないことがある.また,時には,もっと年をとった男女のだれかが,一日二日だまりこんだあげくに,ふいと家を出ることもある.こうした人たちは一人きりで通りを歩き出す.彼らはそのまま歩きつづけ,美しい門をくぐって,オメラスの都の外に出る.それぞれに,ただ一人きりでオメラスを後にし,そして二度と帰ってこない. 彼ら,オメラスから歩み去る人々は・・・