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理性への言い訳,その1: トリスタンとイソルデ
旧ブログ 2018年12月14日 (金)

 「トリスタンとイソルデ」の物語は,ワグナーの楽劇や映画もになっていて,おおよその内容は良く知られていると思います.ただ,細部になると,語り手などによっていろいろ異同があるようです.私がこの物語をまとまった形で初めて読んだのは岩波文庫版でした.そして,「媚薬による恋」に,何となく違和感というか,不満めいたものを感じました.

 マルク王の王妃となるために,トリスタンに伴われてコーンウォールへと向かうイソルデ.ところが,その船中で二人は,マルク王とイソルデの結婚のために準備された「愛の媚薬」を誤って飲んでしまい,激しく愛し合うようになる・・・.

 媚薬飲んだせいで好きになっちゃったって,何,それ? いっしょに媚薬飲んだ相手なら誰でもよかったの? そんなの本当の愛じゃない.お互いの人格を認め,尊敬し合い,魂の失われた半分を見出す,それが本当の愛だろう・・・そんなことを感じました.

 この物語にはいろいろ異本があるそうで,媚薬は,もともと心の奥に隠れていた思いを呼び覚ましただけだとか,そもそも媚薬が登場しなかったりする版もあるそうです.私と同じような違和感からそのように改められたのでしょうか.

 あの人が好きなのは,媚薬の働きで強制されたのではない.あの人が,可愛いから,美人だから,優しいから・・・.でも,

あなたに似ている人もいるのに
あなたよりやさしい男も
砂の数よりいるのにね
(中島みゆき「黄砂に吹かれて」)

そんな,砂の数よりいる人の中のただ一人だけが,ある強烈な感情を引き起こします.それはなぜか.その理由をいくら並べ立てても,この人でなくてはならない理由にはなりませんん.恋する者が列挙する相手の魅力などというものは,理性に対する感情の言い訳に過ぎない・・・.「恋の媚薬」とは,そんな説明不能な,ある心の働きを表わしたものなのでした.

【補足】
 トリスタンとイソルデ: ペディエ編, 佐藤 輝夫 訳『トリスタン・イズー物語』(岩波文庫,1973).

 中島みゆき「黄砂にふかれて」: 歌詞はこちら

 この文章は,遥か昔,「恋の媚薬」の意味に気付いたころに書いたものの焼き直しです.あれから30年.進歩がないなぁ・・・.

コメント

【追記(junk)】上の文章を書いた後で,西野カナ「あなたの好きなところ」という歌のビデオをみました.
( https://www.youtube.com/watch?v=u-o2s2GSl0c )

あなたのこんなところが好きと,好きなところ・理由を次々と列挙していくのですが,でも,そのうち,「こんなところがあるからあなたが好き」じゃなくて,「あなたが好きだから,あなたのことはなんでも好き」になってしまう.そのあたりの感じをあっけらかんと歌ている面白い歌でした.

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