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[才市] 天地晴れての貪欲よ
旧ブログ 2016年2月22日 (月)

なんぼ きいても ききあかぬ
いかに さいちは とんよく強い
おやにもろうた とんよくで
天地はれての とんよくよ
なむあみだぶを これでいただく
(才市さん,『ご恩うれしや』, pp.113--114)

 「親にもらった貪欲で,天地晴れての貪欲よ」という言い方に何かしら可笑しみを感じるのですが,いかがでしょうか.才市さんには,こんな感じの可笑しみを感じさせる表現がたくさんあります.
 「煩悩が連ろうて(一緒に)遊んでごせ言うが,どうがしましょうかいな」,「才市が心はヒョウタンでいつもうかうか」, 「心,コロコロ,コロコロで」などなど.さらに,「あなたは十八,若娘,それでも わしが好きだとの」に至っては,阿弥陀様を年寄りに恋する小娘にしてしまっていて爆笑ものです.

 私たちは,価値のないものを笑う,あるいは,価値を認めていないという意思表示のために笑う,という話を聞いたことがあります.たとえば,誰かが失敗したときに笑う場合,二通りの笑いがあります.その人をバカにする嘲笑と,大丈夫,気にしないでという励ましの笑いとです.この二つの笑いはまったく正反対の笑いですが,しかし,どちらも,「価値を認めていないという意思表示」という点では同じだそうです.つまり,「失敗した人」の価値を認めないと嘲笑になり,「失敗」の価値(?)を認めない(「大丈夫,大した失敗ではない」)と激励の笑いになる・・・という説でした.
 仏教は,笑いがけっこう似合う宗教かもしれません.説教と落語との関係はもちろんですが,『維摩経』なんて,笑いながら読むのがふさわしいお経のような感じですし,寒山拾得や一休さんなども笑っています.これらの笑いは,世間的に価値があるとされているものを笑い飛ばす笑い,こだわりに凝り固まった心を解放する笑いと言えそうです.
 貪欲や定まりのない心は困ったものです.でも,困った,困ったとそのことばかり悩んでいると,かえって,煩悩に捉われてしまいます.あるいは,「気にしない,気にしない」と言うことによって実は気にしている.オレは女性にモテなくても平気だ,チョコなんか気にしない,そうだ,断固,気にしないぞ・・・.
 そんなこだわりを笑い飛ばす.煩悩に悩むのではなく,煩悩やそれにこだわる自分を笑う.それが出来るのは,煩悩などが往生の妨げにならないという安心感と,そこから生まれる心の余裕とがあるからでしょう.仏教に笑いが似合うのは,仏教がこだわりから自由になる宗教であることと関係しているような気がします.

 アリストテレスには喜劇に関する失われた著作があるという話があって,これが『薔薇の名前』の謎で重要な役を演じます.この小説/映画には,笑いを敵視する修道士が登場しますが,そういえば,西洋の笑いというとなんとなく異教的(非キリスト教的)な感じがするなぁ,これは私の無知・偏見だろうか・・・.そんなことをウンベルト・エーコ(1932 -- 2016)の訃報を聞いて思いました.そして,「呵呵大笑」というと高僧(特に禅宗のお坊さん)が大笑いしている情景が思い浮かぶけど,仏教と笑いとは相性がいいのか・・・などと連想が流れていき,上のような記事になりました.宗教と笑いについては膨大な論考があると思われますが,そんな話は一切読まずに書いたものですので,これ自体が笑える(失笑?)かもしれません.
 以上,エーコの訃報に寄せて.


【補足】
 「なんぼ きいても ききあかぬ」:石見の才市顕彰会編『ご恩うれしや』,pp.113--114.

 「煩悩が連ろうて(一緒に)遊んでごせ言うが,どうがしましょうかいな」,「才市が心はヒョウタンでいつもうかうか」,「心コロコロ,コロコロで」,「あなたは十八」の4つは,以前にご紹介しました.それぞれの頁をご覧ください.

 『薔薇の名前』は,小説も映画も,昔の記憶で書いていますので,思い違いがあるかもしれません.小説ではワルド派(?)農民反乱の挿話が非常に印象的でしたが,映画では省かれていました.確かに,あの挿話を映画の中に入れるとのは難しいような気がします.一方,映画の最後で,異端者の火刑と,それを命じた異端審問官が農民に襲われる場面がありました.あれが農民反乱の挿話の代わりなのでしょう.小説と映画は違うもので,小説をそのまま映画にはできないらしいと感じました.
 映画では,「マスタ」と低い声で師に呼びかける年若い弟子の声が印象的でした.最後,雪の小道の中を師と弟子がロバに乗って歩む遠景に,今は年老いた弟子の独白がかぶさります.あの後,師と別れ,それ以来,再会していない.師からもらった眼鏡は,今,自分の鼻の上にある.師は知性に優れ,それゆえ知的傲慢と言われそうなところがあったが,それが許されて神のみ元にいらっしゃいますように.私も間もなく,参ります・・・.

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