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[才市] ええも悪いも みな悪だ
旧ブログ 2010年11月20日 (土)

あくにあく あくをかさねて
しゃばでも つくる
あさましいとは みなうそよ
うそだ うそだ わしがな みなあくだ
ええもわるいも みなあくだ
(『ご恩うれしや』 pp.102--103)

 『マクベス』冒頭付近に「きれいは,きたない.きたないは,きれい」という魔女の科白があります.学生の頃,英語演習で使ったテキストの注釈によると,“魔女の世界では価値が逆転していて,美しいものが醜く,醜いものが美しい”という意味だそうです.その通りなのでしょうが,私には,“きれいなものも汚く,汚いものもきれい”と聞こえてしまいます.つまり,きれいと汚い,あるいは善悪の区別が曖昧で混沌としている,要するに,味噌も糞も一緒なのが魔女であると.そして,『マクベス』全体が,そのような物語なのではないでしょうか.
 『マクベス』は,勇猛で忠実な武将であるマクベスが,魔女と夫人にそそのかされて,反逆者,弑逆者へと転落していく物語です.しかし,彼は悪に徹しきれない.王を殺したときには「マクベスは眠りを殺しちまった」という幻聴を聞き,「この手についた血は,大海原を紅に染めて,なお,落ちないであろう」と自分の犯した罪に怯えます.そんな彼に,「そんな血は,少しの水があれば落とせます」と言ったマクベス夫人も,やがて,譫妄状態で手をこすり合わせながら「この手の血の臭いは,ペルシア中の香水でも消せない」と嘆き,消耗して死んでしまいます.
 いわゆる正義は建前に過ぎないと,王殺しとその隠蔽を正当化しながら,他方では罪の意識に怯える.善にも悪にも徹しきれず,善悪のあわいで揺れ動き自滅していく人間の姿を『マクベス』は描いているように思えました.

 才市さんの歌の「ええもわるいも みなあくだ」という句は,“私の良いこと”も打ち割ってみればその奥に自分中心的な考えがあり,他方で,“自分は悪だ”と言ってみても,その裏には自己正当化が潜んでいて,結局,私のええもわるいもみな悪である,という意味でしょう.しかし,そうやって自分の内の善悪を突き詰めていくうちに,やがて,この私が行う善悪の区別自体が怪しくなってくる.「ええもわるいもみなあくだ」という言葉の内には,「善悪のふたつ,総じてもつて存知せざるなり」(『歎異鈔』)という言葉の響きが聞こえるような気がします.

【補足】
 『マクベス』は(テキストの注も含めて)記憶で書いていますので,記憶違いがあるかもしれません.因みに,ロマン・ポランスキーの映画『マクベス』は傑作ですね.私がこの映画を見たのはだいぶん後になってからですが,『マクベス』を読んだときの記憶が,この映画に沿うように変わっているかもしれません.
 さらについでに:ポランスキーの『ナインス・ゲイト』を最近見ました.ストーリィの細部にちょっと変なところがあるような感じもしますが,そんな“些事”などどうでもよくなるようなポランスキーらしい映画です.『マクベス』とは違って,悪への明確な意思がはっきりと立ち上がってくるような映画でした.
 しばらく間があきました.ここ2週間ばかり精神的にあわただしく,頭が消化不良を起こしています.まぁ,もともと,身体も頭も動きが遅いほうではありますが・・・.上の文章は,2週間くらい前に書いておいたメモを取り急ぎまとめたものですが,さて,ちゃんとまとまっているやら・・・.

コメント

こんばんは
慙愧とはうまい表現だと思いますね。最近の医療機械の進化はすごいもので、体内を切断することなく切断面が見られます。CTとかMRIなどで、
医師も病気の説明をしてくれるときは、モニタ-に断面図などを映し出して
ほらここです などといって、その絵を360度回転させてサ-ビスしてくれます。もっとも患者の顔は見ていませんが・・・
そのように我が心をMRIで映し出せば 鬼 が全画面に発見されるのは必定かと思われます。
世間虚仮 唯仏是真 ですが 仏を知り得てよかったですね。
今日聞いた法話で 「本物のダイヤモンドと偽者を見分ける能力をつけるには、毎日 本物だけを見るようにする」のだと言われていました。そうすると
本物に混じった偽者が見つけられるとか、お札も同じだとも聞きました、
毎日たくさんのお札を手で触れている銀行員などは手触りでわかるそうです。
この時期、三河ではあちこちの寺で 本物に触れる会が催されています、
金子みすずさんの報恩講という詩では有りませんが、おじさんも心がワクワク、うきうきするシ-ズンであります。

こんばんは.
>仏を知り得てよかったですね
本当にそうですね.“私”が善悪を判断している限り,誠実であれば相対主義に行き着くだろうと思います.でも,それで人は生きて行けるのか? 徹底した懐疑の果てに,非常にドグマティックな体系を作り上げるということはよくあるように思います.

 MRIってのは本当にたいしたものですね.私も,背中の中ほどから腰にかけての自分の身体の輪切りを見せてもらったことがあります.最初は脊柱の中に脊髄があるのがはっきり輪切りで見えているのに,だんだん下がってくると,あるところでなんだかぐしゃぐしゃになっていて,「ここですね」・・・.
 余談ですが,MRIとは要するにNMRの出力に高度な画像処理を施したものだと知ったときには,少し感動しました.学生時代にNMRのグラフを見て,これらのピークが水素原子だらか,なんてことをやったことがありますが,それに比べると目が回るような進歩です.だから,素直に“NMRI”と言ってくれればいいのに,“N”を落とすから分かりにくくなる.“核”というと怖がられるから“N”を落としたのだとか.ムムム・・・でした.

 話が横道にそれましたが,“いいものだけを見る”で思い出したことがあります.これもお題に頂きますm(_ _)m (^-^;).

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